2012年4月現在、名古屋市を中心として愛知県で営業が確認できるヘルスは200店弱となり最盛期より減少傾向にある。
名古屋にこれほどのヘルスが誕生したのは1985年2月13日施行に施行された新風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)の影響が大きい。
新風営法ではヘルスは風俗関連営業であり条件をクリアしていれば申請するだけで営業ができたので、条件をクリアをしていた空き店舗が次々と申請された。
愛知県では出店規制の条例が、なぜだが出されなかったので営業禁止区域以外は申請するだけで店を作れたので色々な場所にヘルスができたのである
施行時はエイズが騒がれていたのでソープランドを敬遠する風潮もヘルス増加につながった。
当時はエイズについての知識が浸透しておらずSEXするとエイズになる、AFでエイズになるなど間違った情報が出回っていたので本番を避ける方向へと客が流れたのであった。
施行2年後の1987年に売春を続けてきた神戸の女性がエイズ患者と厚生省が発表し本番を避ける方向へ拍車がかかったのである
1991年のバブル崩壊により繁華街の広いスペースを借りれるようになり内装を豪華にしたヘルスが出始め雑誌やメディアが名古屋のヘルスを取り上げ始めたのである。
メディアの露出が増えはじめ一般女性へ「ヘルス」が浸透してくると「本番」しないという免罪符もあり多くの素人女性も働きだし女性のレベルは格段とあがった。
風俗雑誌もソープランド全盛期は「ザ・漫遊記」「プレイマガジン」が創刊されていたがヘルスが増えた1994年には「シティ・ヘブン」が創刊された。
「シティ・ヘブン」はヘルス情報・割引チケットが充実していたので人気を不動のものにし名古屋1の風俗雑誌となった。
11年後の1996年9月についに愛知県条例で愛知県内でのヘルスなどの個室マッサージの新規出店が全面禁止となるのだが
とうぜん条例が施行される直前には出店ラッシュがあるわけで愛知県のヘルスを300店を超えた。
1996年をピークに大手チェーンに吸収されたり潰れたりして店舗数は減少していた。
人妻ヘルスブームも去り、名古屋のヘルスはどのようになっていくのか楽しみである。
2012-04-22
名古屋風俗学