柴田風俗街訪問記
柴田は名古屋で最も南にある歓楽街であろう。
駅から400mも行けば天白川に突き当たる。
天白川の向こう側は東海市だ。
臨海工業地帯にも近い。
名鉄常滑線柴田駅の東側の狭い範囲に、風俗店や酒場などが集中する。
店舗型ファッションヘルスは、ちょっと数えてみたら、10軒ほど確認できた。
エステ・ハッピー(旧店名・お湯っ子クラブ)
その他、居酒屋やスナック、パブ、キャバレーなど、非常に多くの店舗が軒を並べている。
韓国式メンズエステ・エステラ
熟女キャバクラ・Mrs.J
パブ・アーモンド
熟女キャバクラ・プリマダム
パブ・からさわ
南成タウン
歓楽街としての密度は、かなり高いだろう。
私事で恐縮だが、私は20年以上南区で勤務したことがある。
名古屋市は名古屋駅周辺や名東区、天白区などの東部は開発が進み、街の様子がどんどん変わっている。
しかし南区はここ30年ほど、街の様子はそれほど変わっていないように思える。それだけに、私にとって、南区はとても懐かしく思える街だ。
それでも名鉄常滑線は10年ほど前に、柴田あたりも高架化され、駅舎も新しく建て直された。新しい柴田駅で乗降するのは、今回が初めてだ。
柴田の街を南北に貫くメインストリートは国道247号線だ。
片側3車線の大きな道路である。
先に書いたように、柴田の歓楽街はこの道路と名鉄常滑線の間の狭い範囲に限られている。
道路の東側は、繁華な西側とは一転、閑静な住宅地になっている。
駅の北西には、大同病院という大きな病院がある。インターネットで口コミを見ると、なかなか評価は高いようだ。
歓楽街から少し南に歩いたところに、伊勢湾台風殉難者慰霊像を見つけた。
1959年(昭和34年)、東海地方を襲った台風15号は、約5000名の死者・行方不明者を出した。
この台風は伊勢湾台風と呼ばれており、戦後では東日本大震災、阪神淡路大震災に次ぐ被害を被った。
殉難者慰霊像の近くに設置されている碑によると、歓楽街の地元の白水学区では、900人ほどの方が亡くなっている。
南区は海に近く、地盤も軟弱なため、近い将来起こるのではないかといわれる南海トラフ大地震に備え、万全な対策をとってもらいたいものだ。
かつて柴田に住んでいたという人が、「柴田は雑多で活力がある街です。伊勢湾台風からも見事に立ち直りました」と話していたのが印象的だった。